人間はみな不完全な生き物

コロブン


結婚前、妻と付き合い始めてしばらくした頃、

当時介護士として勤めていた有料老人ホームに通うのが大変だということで、

妻の住んでいた団地に同居させてもらうことになりました。

その団地からだと、職場までなんと5分で出勤できてしまうのです。


通勤時間が5分というのは何気にデカいです。

なんてったって人生で最も貴重なものは時間ですから。


その頃を思い出すと、1時間以上かけて通勤している現状に凹みます。

ちなみに陸上自衛隊で自衛官をしていた頃は、駐屯地内の

職場の目の前の寮に住んでいたので、通勤時間は10秒です。

いや、5秒か。

ダッシュで2秒か。

思い切り凹みそうです。


そんなこんなで同棲という若干不道徳な形で同居が始まりました。


当時の妻は、母親はすでに鬼籍に入られており、父親・兄とは

絶縁状態という、形の上では天涯孤独状態だったので、

特に周りを気にすることは無いと言えばなかったですが…。


ある日、妻は真剣な顔をして、こうして二人で暮らすことになった以上、

どうしても話しておかなければならないことがあると言ってきました。


「あのね、とっても言いにくいんだけど…でも…嫌われるかもしれないから…」


なかなか言葉が進まず、目に涙を溜めてうつむいたままの妻を見て、

一体何を言おうとしてるのか考えてみました。


浮気してるとか?

借金があるとか?

いや、そういう感じじゃないな…。

とにかく、彼女にとってはそれを言うことがとても勇気がいることで、

今とても不安な気持ちでいっぱいだと言うことは確かだ。

それなら…。


「なになに?言っちゃいなよ。

 別に何言われても驚かないから」


僕は努めて明るく、なるべく不安を感じさせないようにそういいました。

そして妻はゆっくりと喋り始めました。


「あのね…実は…私…目の病気なの…。目に障害があって…」


そう言って一冊の茶色の手帳を見せてきました。

手帳の表紙には…


身体障害者手帳 東京都


と、金色の文字で書かれていて、表紙をめくってみると、

OL時代の妻の写真があり、交付年月日や氏名、そして…


視野障害


という文字列が目に飛び込んできました。


「視野が狭くなる病気で…多分一生治らなくて…」


喉の奥から絞り出すように声を出す彼女を見て、

僕は大きく息を吐き出して言いました。

「なんだ…そんなことだったんだ。そんなの全然気にならないよ。

 人間みんな、体のどこか一つや二つ悪いところがあるし、

 不完全なところだらけだし、ある意味みんな障害者みたいなもんでしょ。

 僕だってメガネ外せば近眼で乱視でたちまち見えないものだらけだし」


妻は涙を拭いながら、少し安心した様子で呟くように言いました。


「目のことは友達にも話したことがなくて…とても不安だったの」



およそ4ヶ月に一回、今でもお茶の水のとある病院で視野障害の検査を

受けており、回復の兆しはないものの、特に病状は進んでいないようです。

会社を休んで検査に付き添うついでに寄る、神田神保町の古本屋巡りが

何気に密かな楽しみだったりします。

コメント

タイトルとURLをコピーしました